広い敷地に自然豊かな環境。それでいて都市部から程よい距離にある丹波市には、大きな工場を必要とする様々なメーカーも存在します。今回お話をうかがった谷水加工板工業株式会社さんは、丹波市のものづくり企業として、兵庫県や様々な分野で賞を受賞する製造工場。女性経営者である谷水社長のもと、一風変わった会社の雰囲気作りについて聞いてきました。
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・様々なところで利用される防音室の機能。大手ではないからこそできる、オーダーメイドのものづくりとは?
・会社の利益をオープンにして、それに準じた報酬を。一緒に事業を伸ばしていく。
・女性経営者ならではの発想。社員の奥さんへプレゼントする福利厚生とは?
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谷水加工板工業さんは、昭和44年創業。主要取引先として大和ハウス工業や住友林業など、大手とも取引がある断熱・防音パネルの製造工場です。製造業の社長としては珍しい、女性経営者である谷水ゆかり社長にお話を聞いてきました。
防音室は人口が集中する都市部のマンションの中に設置される事がほとんどです。大手の楽器製造業さんが最も売りたい楽器とセットで防音室を勧めるといった既製品の組合せの世界です。そんな中、谷水加工板工業さんでは、小さな、そして意外なニーズを拾い、音楽用のみならず「防音犬小屋」を作ったことがあるそう。
うちの防音室ってすべて特注です。既製品は一つもなくて、全部特注!一棟一式です。最初は規格品でスタートしたのですが、できるだけ広くとか窓を付けてとか柱の出っぱりを切り欠いてとか、、、どんなわがままも叶えるからうちに仕事が来ているのかな、って思っています。既製品だったら、先発メーカーさんがありますから。
それは、やはり経営としてのこだわりなんでしょうか?
こだわり?そうなってしまったのです。大手のメーカーさんは特注にしたらすごい高くなります。1.5倍とか2倍とか。うちは最初から特注オッケーなので。うちにしかできないことをやろうと思っています。
お客様のニーズに答え、特注の防音室の設計を手がけてきた谷水加工板工業さん。今までに作った防音室の数は350を越え、特注の組立式防音室では日本でNo.1のシェアを誇ります。どんなに小さなお客さんの要望にでも答えられるフレキシブルさが魅力のひとつです。
例えば、今までにどんな案件がありましたか?
普通にピアノの練習室が多いですが、おもしろいのは犬小屋とかね。東京の都心のマンションは、お部屋の中に「愛犬の部屋」=「防音犬小屋」がいるのです。キャットスルーみたいな穴を開けました。あとスナックのママさんの仮眠室みたいなのも作ったかな。クレオパトラの棺桶みたいな形したやつです。
皆さんが良く知っているところでは、「眼鏡市場」の補聴器の視聴室がうちの防音室です。
規格品を作るのではなく、ひとつひとつが用途に合わせてオーダーメイド。目的に合わせて、防音室の設計をする事を楽しく感じている社員の方もおられるそうです。
会社を継がれたのはいつごろでしょうか?また、社長になって変わった事などはありますか?
去年(2016年)の1月に交代しました。社長だった私の父は77歳になり加齢で耳も聞こえにくくなって、もうかわいそうだな~と思って交代したのです。70~80代の社長というと、もうトップダウンのカリスマで、自分は全て知っていて何でもできるから「お前このくらいのことようせんのか!」みたいな事を厳しく言われていました。 「付いてこれへんのやったら辞めてもうたらええわ」みたいに社員にも言えた時代です。
それで、今度は私になったでしょ(笑)。重たいものも持てないし、機械も操作できないし、フォークリフトも乗れません。もちろんトラックも。会社の経理なんかも実は苦手です。だから私は社員にお願いして仕事をしてもらっているのです。
こんな会社にしたいとか、そういうどんなお客さんと接触しているかとか、いつもビジョンを社員には話をしていて、それで私はいつも「お願い」して仕事をしてもらっている感覚です。
ちなみに、ビジョンをお聞きしてもよろしいですか?
丹波のものづくりということ自体をもっと強くしていきたい。納めるところはやっぱり東京の方が断然多いです。「田舎で作って都会で売る!」ってよく言っています。
それから、ビジョンとはちょっと違うかもしれないのですが、やっぱり社員のみなさんもお金がほしいから働いてるところはありますよね。
ビジョンを語るというのも、きれいな話ばっかり言っていてもダメだと思っています。やっぱり給料がほしい、ボーナスがほしいからみんな働いているので。金額の目標を言って「頑張りましょう」ってお話しています。この仕事をして、例えば忙しい月、9月が忙しかったとしますよね。「今月忙しかったね」って、このぐらい忙しく仕事をしたら売り上げがいくらになるから、そうしたら「ボーナスを何か月分取りましょう」とか、具体的に金額でお話をしています。社員一人ひとりがどれだけ給料としてもらえるのかというのを提示するようにしています。
一生懸命頑張っても、「会社は儲かって利益が出ても自分らの給料どうなる?」ってやっぱり思いますよね。私が平社員だった時に、同じように給料がたくさん欲しかったというのがあって。
そうですよね。それは経営陣や管理職の方々以外にもですか?
毎日、朝礼があってその時に、社員全員に伝えます。もちろんお金や目標の話だけではなく、私は昨日どこでどんなお客さんに会ってきた、みたいな話もしますね。
それは社員にとって、「今」目の前の忙しい仕事とかけ離れている事も多いはずなんですよ。ですが、半年か一年経って、私がその時言っていたことが、新しい「今」の仕事になって「社長が言っていた事が現実になった」とか、やっぱり将来のことを考えて色々動いてるって思ってもらえればよいなと思います。
防音用のパネルを組み込み、部屋全体の雑音を吸収し、音楽をクリアに聞く事ができる「吸音ソファ」。新しい製品を考える時、そしてそれを形にしていく際も、社員の皆さんにその経過を伝えているそうです。
社員さんの気持ちを大事にされている様に感じますね。
やっぱり、そうしかできないですよ。私は。
それは、女性経営者の強みみたいにも聞こえます。
いや、そういうわけでもなくて、自分のできること精いっぱいやってるっていう感じですね。
私は、託児室や子育て支援をしているNPOもやっているんです。それで「私にできること何かな?」って考えた時に、
例えば社員のお子さんが赤ちゃんだと、奥さんが子育てが手いっぱいになったりして、そうすると奥さんは夫に傍にいてほしいと思いますよね。それで、旦那さんに「休んでほしい」って言ってしまう。
そういう事があって、私のNPOの託児室の無料券を作って「奥さんに託児室に行って気分転換してちょうだいと渡して」って言いました。そうすると、気分転換だけでなく「この夫は会社に必要とされている」って感じた奥さんはうれしいんじゃないかな、と。
一風変わった福利厚生みたいですね。これもまた、女性らしい発想だと感じます。
そうですね、福利厚生。やっぱり気持ちを大事にしないと、人は動かないのではないかな、と。
昔は管理されて、締め付けられて、我慢してやってた時代だと思うんです。でも今は自分で理解して「こうしよう」と思って仕事に取り組んでいないと、社長がいない時はさぼってしまうと私は思っていて。
だから、「今」自分は何をしてるのかということ、誰のために何をしてるのかという事をわかってやってもらうように、それは一生懸命説明しているつもりなんです。みんながわかってくれてるかどうかはもちろんわかりませんが。
ご自身の就業経験と照らし合わせて、そう思えるんでしょうか?
そうですね、私は、どうしたら社員のみんなが喜んで仕事してもらえるか、といつも考えているんです。今15~6人いてる社員さんが、どうやったら楽しく、ここで働いてよかったと思ってもらえるかな、と思って。今はそのことだけ考えています。給料もやりがいも。
最後に、どんな方と一緒に働きたい、この仕事に向いてる、と思われますか?
そうですね。技術職の方は、必ずしも言葉数が多く目立って前向きでなくても、地道に努力を重ねられる人が向いているのかなと感じます。我々の業界は建築でも造船でも、特に女性が少ない業界です。一生懸命取り組んでいるとか納期厳守とか、「仕事ぶり」を評価してもらって、引き上げてもらった経験が多いです。今の社員を見ていても、ちいさな工夫で改善を積み重ねてよいものを創る、「仕事ぶり」ですね。
営業職は…。学ぶとか気付くとか、そういうことに貪欲な人が向いているのかなと感じます。弊社は技術営業で、完成品の営業ではないんですね。「一個いくらで、何個売れました!」っていう世界ではないので、うちの技術をよく知っていって「持って帰って相談してきます」とか「ひとつ試作してみます」「こうしたら安くできます」と、そういう事をお客さんと話し合いながら考えられる人が嬉しいなと思います。
30年前に丹波へUターンし谷水加工板工業株式会社に就職、現在は取締役設計部長としていくつものオーダーメイド防音室の設計をされてきた、足立さんにもお話を聞いてきました。
足立さんは、入社当初はどんなお仕事をされていたんでしょうか?
最初入ってからは品質管理的なことをしていました。実際は工場で製造ラインにはいることもありまして、いろいろやってきました。デスクワーク半分くらいで、現場で一緒に塗装したりもして。
足立さんは、谷水加工板工業さんに入社する前は大手の化学系メーカーで働いていましたが、Uターンと共に仕事の内容も大きく変わり、一から会社で今の設計を学ばれたそうです。
今の仕事でやりがいや、楽しいと感じる瞬間はありますか?
この瞬間が楽しいというか。今はとりあえず主体的には木製防音室とかの設計をやっているんです。ですのでお客さんから「こんなんできないか」と言われて、難しい防音室を設計するときに頭使ってどうするか考える、その時が僕は今一番楽しいですね。
構造上難しい設計もあって、そんで最初、頭で「んーーっ」と二次元で図面書くんですね。それでもわからんということもあって、そういう時は休みも仕事に出てきて3Dで図面書いて本当にできるんだろうかって、自分で確認したりして。大変な仕事ではあるのですがそんなことが一番楽しかったですね。
今アパートやマンションで防音性能を求めてるお客さんの願いとしては、ある程度ここで長く住みたいからと、依頼が多いんですね。そうすると、その部屋を十分活かしたい、目いっぱい使えるスペースにしたいと、そういう希望をお客さんから一つひとつ聞いていったらオーダメイド、つまり特注ばかりの注文になって。
普通に暮らしていると、なかなか製造まで触れる事のない業種ではありますが、谷水加工板工業さんのお話を聞いていると、お客さんの要望に合わせて、非常に創造的なお仕事をされているんだなという事を感じました。一つ、一つ世の中が便利になっていく中に、新しい事業の可能性があり、独自の技術を確立する事で誰かを幸せにしていく。兵庫県内でも独自の事業を推進する企業として注目される企業には、働く人が主体的に考えられる環境づくりと、他社では真似できない技術があると感じました。